第16回 『比喩の難しさ』
皆様こんにちは,同志社大学の土屋誠司です.自然言語処理の第16回目の今回は,比喩の難しさについて書いてみたいと思います.
言葉の表現の幅を広げて,情緒豊かな表現を作るために,なくてはならない表現方法の一つに比喩を用いたものがあります.ただ単に「白い肌だ」と表現するよりも「まるで雪のような肌だ」と表現すれば,その白さをより強調できることになり,「白い」以上の情報を,自分が感じている,考えているイメージをうまく伝えることができます.しかし,この比喩という表現方法は非常に奥深いものになります.
先の例の「まるで雪のような肌だ」をコンピュータで解析する場合,例えば,第8回の自然言語処理の単語の意味で紹介した『意味ネットワーク』という辞書(データベース)を利用することで,意味を推定することができます.「雪」と「肌」を『意味ネットワーク』で検索し,それぞれの属性(意味)を調べます.例えば「雪」からは「色:白い,温度:冷たい,状態:サラサラ」などが,「肌」からは,「色:白い・肌色,形容:きれい,状態:スベスベ」などの属性が得られたとします.この時,共通している属性である「色:白い」が比喩している内容であると捉えることができます.つまり,発する人とそれを受け取る人との間に共通した認識がなければ比喩という表現は成り立たないということになります.「ジャイアンのような人だ」という比喩表現も国民的アニメ「ドラえもん」の登場人物「ジャイアン」のことを知らなければ何を言いたいのかはまったくわからないということになります.
また,例えば「まるで餅のような肌だ」という比喩表現の場合,人間であれば通常は「やわらかい」肌だと認識することになるかと思いますが,機械的に判断すると「白い」肌だという意味もあり得ることになるかもしれません.
さらに,比喩する言葉と比喩される言葉との関係によっても意味合いが変わります.例えば,まったく同じ単語を使って表現した「まるで人のようなロボットだ」と「まるでロボットのような人だ」を見てみると,前者は「賢い」ロボットだという意味ですが,後者は「冷たい」人間だという意味になります.「人」と「ロボット」の共通した属性として「賢い」や「冷たい」があるにもかかわらず,まったく異なる意味合いを認識することになります.非常に興味深い現象かと思います.
ちなみに,このような共通認識も時代と共に変化していくものになります.人工知能の第21回の人間がすべきことでも書きましたが,昨今の人工知能ブームの先にロボットがどんどん賢くなり,人間を凌駕する存在としてなくてはならなくなった世の中では,「まるで人のようなロボットだ」という表現は「賢くない」,「融通が利かない」「役に立たない」という意味に,「まるでロボットのような人だ」という表現は「賢い」,「何でもできる」,「頼りになる」という意味になるかもしれませんね...
次回は,オノマトペについて書いてみたいと思います.